「モデルって何だと思う?」という問いかけに答えた日⑤

スタイリストや美容師達がザザッと波のようにモデルの元に押し寄せた。


私たちはいわゆるモデル立ち、マネキンの状態で待った。やって来たのはOB部門(と後に判明)担当のスタイリストたちだ。思い思いにモデルを「物色」しながら歩く姿は、まるでデパートかどこかでの買い物のシーンのよう。否、その通りなのだ。モデルは、商品を良く見せるための存在。クライアントは、イメージに近いモデルを選び注文する。


ところでモデルは華やかな面だけフォーカスされがちだが、実際は商品以上に目立ってはいけない存在である。そのため、自己管理と体型維持(髪、肌、目、歯すべて含む)が完璧なのは当然だが、さらに、自分自身ではなく、クライアントのPRしたい商品の良さを最大限に際立たせる力量が問われる。と、分かっては居ても、多くのモデルは自己PRに余念がない。また、PRが上手いモデルがオーディションを勝ち取って行くのも確かだ。


以前マネージャーが「コンポジをご覧になったクライアントさんが、Yと会いたいと仰っているのだけど」と言った。オーディションをとのことで、私は同じ事務所のモデル2人と出かけた。しかし、合格したのは私ではないモデルだった。マネージャーは「残念だったね。」と、少し言いにくそうに、先方の社長がアンナを気に入られたようでねと続けた。そうなのだ。いかにモデルとして努力していても、クライアントの好みで全てが覆ることが少なくない。日常生活において「今日はニットとスカートを買おう。」と出かけていっても全然別のワンピースに一目惚れし、そちらを買うことが珍しくはないのと同じである。努力は怠るべきではないが「自己PRの巧みさ」や「運」の要素も多分にあるのがモデルの世界であった。私はそこそこ努力家ではあったが、目立つ方ではなかったのと、誰かを蹴落としてでも仕事をつかみたいというガッツを持てない性質だったのとで、あと一歩のところでチャンスを逃すことが度々あった。


スタイリストや美容師が、モデル達にひとことふたこと話しかけ、質問しながら、動いていく。誰か来てくれないだろうかと思った瞬間、目の前にキャスケットをかぶった小柄な女性が立った。帽子から覗くショートカットの髪は明るい栗色、毛先をつんつんと遊ばせていてお洒落。いかにも美容師さんといった風情の彼女は私に問いかけた。「髪はどれくらいの長さ?」私は「背中くらいです」と答えた。彼女は髪質を確かめるために、結い上げた私の髪にちょっと触れた。「身長は…」と言いながら15cmほど視線が高い私を確認して彼女はニコッと微笑んだ。「私よりは高いね。」と。私もちょっと微笑み「164cmです。」と答えた。その時、例のオーラのある男性の声が響いた。「そこまで!それでは選んだモデルを引き抜いてください。」ドキッ!と心臓が飛び跳ねた。早くもスタイリストに選ばれたモデルが部屋のあちこちに導かれていく。真ん中に残るのは、誰にも指名されないモデルだ。オーディションに連敗している自分だけれどやはり落ちるのは辛い、でもやっぱり無理かも、と思いを巡らしたその刹那、目の前のキャスケットの女性が言った。「あなたにお願いするね。」


嬉しいより信じられないといった気持ちになった。会場に入ってから今までを時間にすればほんの20分のことが、まるで夢を見ているようだった。美容師の彼女は、主人とヘアサロンをしているのと言った。「B」は出身校でね、今回はOBステージに出場することになったの。正直プロのモデルさんにお願いする舞台なんてすごく久しぶりだからドキドキしちゃう、どうかよろしくね、と。私はうっかり涙が出そうになるのを堪えた。まだモデルとして何もしていないのに泣いちゃ行けない。だって私はプロだから。彼女とご主人が私を選んで良かったと心から思ってくれるような最高の仕事をしよう!と心から決めたのだった。


こうして私はファッションショーの仕事を得た。この後ショーを通じて、あのオーラのある男性と意外なところで関わることになったり、他のモデルとひともんちゃく(?)あったり、と色々なことがあったのだけれど、それはまた第二部として記そうと思う。この時の私は、ただもう、本当に嬉しかったのだった。



「モデルって何だと思う?」という問いかけに答えた日(第一部・完)

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現役英語講師の頭の中。