事実は小説よりも。【バイト編②】

話しはちょっとだけ変わって、先に友人の梨花(りんか)について書きたい。

梨花は同級生で、帰国子女だった。大らかで優しい性格をしていた彼女と私は、意外と気が合った。同じクラスになったことは一度きりだったけれど、卒業式の後、なんとなく帰りたくなくて、駅周辺で食事をしたりカフェでいつまでも話していた仲良し数人のグループにいたくらいに、私たちは仲が良かった。


住んでいる町が隣だったので、卒業後もちょくちょく顔を合わせた。私のアルバイト先のコンビニに「たまたまお客様として」来てくれたこともある。ちょうどその人と私が店番をしている日に知らん顔をして来てくれた梨花が、さりげなさを装いながらこちらをしっかりと伺っているのが分かり、笑い出さないように接客をするのがなかなか難しかった(こらえたけど)。私とその人のやりとりを見た梨花は後ほど「Yらしいなぁって思った。」と伝えてくれた。どういう意味かと尋ねたところ、「相手の〇〇くんも、シャイで純粋な人なんだろうね。」と答えた。


ついでに、梨花のことでもう一つ思い出したことも書いておく。

私が渡米する直前の最後に会った日、梨花は手紙をくれた。その際、彼女はいつになく真剣な表情でこう言った。「あのね、Y。この手紙の中にはね、私がYに願っていることを書いたの。アメリカに行っても、それを忘れないでいてくれたら嬉しいな。」え、なんだろう?別れてから開いた手紙には、こんなことが記されていた。『私はYのピュアでまっすぐなところが大好きで尊敬しているし、とても貴重だと思っています。だからアメリカに行っても、Yのそういう純粋で素敵なところは絶対に失わないでいてね。』と。こんな風に評価してくれる友人がいたことが本当に嬉しかった。逆に言うと、そんな風に人を見られる梨花自身もとても素敵な人だった。


驚いたことに、梨花はその人と同じK大学の経済学部に合格していたのだ。つまりその人と彼女は4月から大学の同級生なのであった。さらに、梨花は大学ではとある運動部のマネージャーになるつもりだと話してくれた。なんとそれは、その人が所属するサークルだった。数百人もの学生が行き交うキャンパスで、その人と私の友人が一気に近くなったのである。なんという奇跡。梨花は冗談めかして「Yのために〇〇くんの動向を“見張って”おくからね。」などと言ってくれた。見張るなんてとんでもないと慌てて言ったけれど、友人とその人が友達になるのだと想像すると、私は素直に嬉しかった。


3月13日に話しを戻す。

その人は電話で尋ねた。明日どこかでちょっと会えないかな。明日。3月14日は私はアルバイトに入っていなかったのだ。「〇〇くんはシフトに入っているの?」との問いかけに、入っているとその人は答えた。少しで構わない、時間をくれたら近くまで行くから、と続けた。


ひと月前のことを思い出した。バイト先のみんなへ感謝を表すというカモフラージュで、その人に贈ったチョコレートクッキー。きっとその人は思いを真剣に受け止めてくれたから、行動を起こそうとしているのだろう。うん、いいよ、と答えたかった。春休み、時間がなかったわけがない。仕事先は同じだ。家が遠いわけでもない。でも、どうしても、言えなかった。勇気がなかったから?そうではない。困惑したから?それも違う。あえていうならば、私は変化を恐れたのだと思う。ようやく手に入れた、その人との穏やかな日々が変わってしまうことが何よりも怖かったのだ。例えその変化がどんな形であったとしても。渡米まで、あと4ヶ月しかない。せめてその期間は、今の時間を大切にしたかった。・・・でも、そんなことを伝えられようはずがない。


ごめんなさい、明日は。と答えた。3月14日がどんな日かを理解した上での返事だ。その瞬間に彼は色んなことを悟ったようだった。わかった、もういいから、と静かな声が聞こえた。電話を切り、ごめん、とつぶやいた。望んだはずなのに、それが正解だったか、わからなくなったのだ。

(大学編へつづく)