“ああ、私の女主人さま!”③

こうしてイニシエーションウィークが始まった。


始まったと思ったら、目を丸くするような奇抜な格好の人や、なんの脈絡もなく地面に転がったり飛び上がったり叫んだり踊ったりする学生や、その他ものすごく馬鹿馬鹿しいこと(すみません)をしている奇妙な学生を大学のあちこちで目にすることになった。N大の社交クラブが一斉にイニシエーションを始めたので、いつもは静かなキャンパスが、妙な祭りのような熱気を帯びていた。


朝のカフェテリアで、ナイトキャップのパジャマ姿に派手なピエロのメイクをしたフレッシュマンが先輩(社交クラブの既会員)の側で朝食を取っている様子を見たかと思うと、先輩の集団に出会う毎に「せいっ!!」と腕立て伏せを始める男子学生たち(場所はお構いなし)。そうかと思うと、前からやって来た先輩にうやうやしく膝をかがめ、寮の向こうまで聞こえるかと思うほどの大声で「ああ、私の女主人さま!わたくしの敬愛する素晴らしき友!あなたを心よりお慕い申し上ております!!」と、先輩への敬慕の念を語る、ローブをまとった女子学生がいたりする。


Beta Beta Sigmaにも、伝統に従ったプログラムが約一週間用意されていた。実は数年前までそのシラバスを記念にと大事に残していたのだけど、どうしても見つからないので記憶に頼って書くと、こんな感じだったと思う。


<イニシエーションウィーク>

月曜日‥午後7時 開会式(音楽室)

火曜日‥午前5時 女主人を部屋に起こしに行き、カフェテリアで朝食を一緒に取る

    午後7時 Beta Beta Sigma外でのワークショップ(マックラウドビルディング集合)

水曜日‥午前5時 女主人を部屋に起こしに行き、カフェテリアで朝食を一緒に取る

    午後8時 女主人と宿題・課題を行い親交を深める時間

木曜日‥午前5時 女主人を部屋に起こしに行き、カフェテリアで朝食を一緒に取る

    午後7時 Beta Beta Sigma会員とフレッシュマンのみんなで夕食(ウェンディーズ)

金曜日‥午前5時 女主人を部屋に起こしに行き、カフェテリアで朝食を一緒に取る

    午後8時 閉会式・Beta Beta Sigma新会員入会式(音楽室)

土曜日‥おつかれさま!この日はゆっくり休んでね!


※正会員の命令には何であろうとも従うこと。これはSistersになるための愛と信頼の訓練なのだから!



私は火曜日のワークショップの後に寝込んでしまい、それ以降のイニシエーションの参加を断念せざるを得なかった。その夜は大雨だった。雨の中、先輩たちの命令でぬかるむ地面にうつぶせになったり転がったり奇声を上げたりしているうちに風邪をひいたのである。泥だらけになり、恥と屈辱で泣きそうな私とは裏腹に、周りのフレッシュマンたちは、非常に楽しんでいたように思う。強い。


そういえば「あんな馬鹿なことさせられるなんて、本当許せないわ!」と怒り心頭だった学生がたったひとりいた。彼女も韓国からの留学生だった。風邪で不参加になったことに、私が正直ホッとしたことは否めない。あんな「新人イジメ」のようなイベントはゴメンだとこっそり思ったものだ。



かくしてイニシエーションウィークは終了した。クリスティをはじめ、先輩たちは何事もなかったかのように元通り、優しいクラスメートやウィングメイト(寮の仲間)に戻った。あの期間中の鬼のような彼女たちの様子は幻だったのかと思うほどに。もちろん、それらはイニシエーション特有の態度だったのだろう。途中でリタイアしてしまった私は「入会式」には参加できなかった。だから、ティナたち、泥だらけになりながら最後まで試練を耐え抜いた数名が、その後「Beta Beta Sigma」のプリントされたクラブのTシャツを誇らしげに着てSisterたちと歩く様子は、まぶしかった。ちょっとだけ惜しいことをしたかもなぁと思ったりした。


聞けば、メジャー・リーグにも似た習慣があるそうである。ルーキー選手がチームに認められるための「洗礼式」だそうだ。その内容を聞くほどに「Beta Beta Sigmaと同じだな」と思う。イニシエーションは、やはりアメリカ特有の文化なのかも知れない。


当時は「絶対にイヤ」と思ったけれど、今なら。結構面白いと思えるかも知れない。


いや、やっぱり、それはないか。

(完)


Be ambitious, boys and girls!

 

Be ambitious, dear friends.

現役英語講師の頭の中。