秋の夜長に虫の声

自宅でくつろいでいた数日前の夜のこと。


静寂の中どこからか「チッチッチッチ…」と音がする。出所を探したが見つからない。また、こちらが動いているときに音は消える。ソファに戻り読みかけの小説を開き、しばらくすると「チッチッチッチ…」が始まる。虫の声のようだ。どこからか家に入り込んだのだろうか。


私は自然環境の豊かな町で育ったため、昆虫のたぐいには結構詳しい方だと思う。しかし、この音は聞き覚えがないと思った。単に知識がないのか、あるいは、大人になりここ数年の忙しさの中鳴く虫の声に耳を傾ける余裕を失ってしまったのかも知れない。


いずれにせよ何の虫か分からないのでタブレットを引き寄せて動画サイトを開き「秋 虫の声」と検索をかけた。文明の利器は誠に便利である。ものの一瞬で、音を収録した動画がズラリと検索結果に並んだ。順に確かめていく。コオロギ、スズムシ、マツムシ、クツワムシ…秋の虫の声はどれも、特徴があって面白い。リリリリ、リーンリーン、コロコロ‥ああ、確かにこんな音だったなと夢中になって聞いているうちに、部屋の中から聞こえるものと全く同じ音を見つけた。カネタタキだ。


私はこの虫については無知だったらしい。カネタタキは全長9ミリから15ミリほどの小さな昆虫で、鳴き声が鉦を叩く音に似ているからその名がついたそうだ。小さいので隙間を見つけて民家に入り込むことも多い。コオロギなどと違い、明るい方へ来る性質がないため一度入られると、出て行かせにくいとも。確かに明るくしてその所在を探そうとすると静かになる。灯りを消して放っておくと「チッチッチッチ…」と鳴き始める。


まあ、あまり歓迎したい客ではないけれど、今すぐお引き取りいただかなければというほど危機感をもたらす虫でもないので、無視を決め込むことにするか。などとつまらない洒落を呟いてみる。


放っておくこと2、3日。カネタタキは、来たときと同じようにさりげなく、どこかへお帰りになったようだ。気づけばその声が全く消えてしまっていたからである。


夏の暑さを残しながらも暦は今日から9月となった。月の異名では長月。ものの本に寄れば長月とは「夜長月(よながづき)」に由来しているらしい。秋は日暮れが早くなる。美しい月を愛で虫の声に耳を傾けながら、昔の人はその季節の長い夜を楽しんだのだろうか。


たまには先人たちの秋の過ごし方を見習ってみようかと思う。


Be ambitious, boys and girls!

Be ambitious, dear friends.

現役英語講師の頭の中。