タイに行ったときの出来事。
タイは微笑みの国と呼ばれている。とガイドブックで読んでから、ずっと訪れてみたかった。実際に旅をしてなるほどと感じた。コンビニで買い物をしても、レストランで食事をしても、トゥクトゥク(三輪タクシー)に乗っても、穏やかで親切な人が多い。あいさつをしたら必ず笑顔が返ってくるし、買い物先で道を尋ねたらスタッフみんなで丁寧に熱心に案内してくれるし、チップを渡したら大変うやうやしく受け取ってくれる、旅行者には過ごしやすい場所だと思う。
ベトナムのホーチミンとタイのバンコクとアユタヤに、一週間ほどの休暇を取ってひとりで訪れた。ベトナムでは歴史博物館を見ること、タイでは世界自然遺産のカオヤイ国立公園の森をゾウの背に乗ってトレッキングすること、あとは最高のトムヤムクンを食べることが旅の目的だった。
特にゾウの背中に乗って川を渡ったことは我が人生の感動シーンベスト5に入る体験だろう。実はゾウはすごく暖かいのだ。ほ乳類で恒温動物なのだから当然なのだけど、なんとなくゾウって、体は硬くてゴツゴツした皮膚に覆われていそうで触れても体温を感じなさそうなイメージを持っていたのだが、全く違った。頭にターバンを巻いた象遣いに助けられてはしごを登り、大きな首と背中の境目付近にひょいと跨がらせてもらったとき、履いていたデニムパンツの生地を通してゾウの体温を感じた。ちょうど昔飼っていたゴールデンレトリバーのような暖かさだ。ところで、ゾウの背中は低めの2階立ての家くらいの高さがある。正直、高いし怖い。跨がりながら捕まるのは頼りない手綱のみ。安全ベルトすらない。だから私はゾウがゆっくりと歩き始めた時のグラリとした傾きに、怖いとキャーキャー騒いだ。舗装された綺麗な道ではなく砂利道を歩くので、体はなおグラグラ揺れる。私が「うわぁやっぱり怖い~」と言ったとき。突然パンッと音をさせ、ゾウが両耳を後ろに倒した。ちょうど跨がった私の両足を上から押さえる位置に。そして私の体はそれ以上揺れることはなくなった。つまりゾウは耳を使って私の体を支えてくれたのだ。驚いた。なんて賢くて優しいのだろう。私の生涯で初めてゾウへ愛があふれ出た瞬間であった。
博物館でベトナムの歴史を学び、ゾウの頭の良さに感動を覚えた私が、あとすべきことはただひとつ。それはトムヤムクンを食すのみ。実は日本を発つ前からずっとガイドブックでチェックしていたトムヤムクンのレストランがあったのだ。バンコクのちょっと街はずれに位置しているそのレストランは、トムヤムクンのみならずロブスターなどの高級料理も提供されるらしい。基本的にひとり旅では粗食が多く、現地のスーパーやコンビニで食料を買ってホテルの部屋で食べることがほとんどの私だが、それでも海外に行ったらそこしか味わえないグルメを一度は頂くことにしている。その一度の食事に失敗しないため、リサーチは出発の数週間前から始まる。調べておいたレストラン「R」は、高級な食材を日本と比べてお値打ちに食べられる評判のレストランだそうだ。
かくして私は明日は帰国という日の夕方、「R」でバンコク最後の晩餐を楽しむためにワクワクとホテルを出発したのだった。
(続く)
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