“ああ、私の女主人さま!”①

アメリカの大学には社交クラブがある。

男子学生の社交クラブはフラタニティ、女子学生の社交クラブはソロリティという。簡単に言えば非常に結束の固い部活動のようなものだろうか。誰でも入れるわけでないところが部活動との大きな違いだ。程度の差はあるが、入会には条件が伴う。会員たちに認められたら仲間に入れるクラブ、審査が必要なクラブ、準備期間(仮入会)を経て会員になれるクラブ、また現会員から直々に「入会しないか?」というオファーがないと入れないクラブもある。


クラブの会員は互いをBrother(兄弟)、Sister(姉妹)と呼び合い、固い友情を誓う。そして共に集まっては、大学で勉強を教え合ったり、ボランティア活動を進んで行ったり、チャリティーイベントを企画したり、パーティーを開催したり、と様々な活動に精を出すのだ。社交クラブはアメリカ特有の学生文化だといえよう。が、当時の私にはそれについての知識はなかった。


私の通ったN大学には、フラタニティとソロリティ合わせて10の社交クラブがあった。ある日、キャンパスの私の郵便私書箱(学生は皆一人一つ所有していた)に見覚えのない白い封筒が入っている。開いてみると、何かの招待状?のようだ。差出人は、えっと、・・・ベタベタ、シ・・・グマ?誰だろう、これ。


首をかしげた拍子に「もしかしてソロリティの招待状!?」と弾む声。顔を上げると眼鏡をかけた女の子、同じフレッシュマンのティナが目の前にいた。「どのクラブから?」と私の招待状を覗き込み、「Oh, Beta Beta Sigma! 何て素敵!私と同じ!」と自分の白い封筒を見せる。Betaもsigmaもギリシャ文字だ。多くの社交クラブはギリシャ文字を使った名前がつけられている。


ティナが言うには、ソロリティはステータスだそうだ。キャンパスライフをエンジョイ出来るかどうかは、これで大きく変わるのよ。せっかく招待状を貰ったのだから、しかもN大でダントツにクールなBeta Beta Sigmaからだよ!、絶対に絶対に認められて入会しなくちゃね。と、意気込む。


興奮のあまり早口になるティナに圧倒されて私は「そうなんだ」としか言えなかったけど、とにかくソロリティとやらはなんだかすごいものだということだけは理解した。しかし、ちょっとひっかかったことがあり、聞いてみる。「ティナ、入会は誰かに認められる必要があるの?希望すれば入れるものじゃないの?」「Nooooo, とんでもない。」


彼女がいうには、Beta Beta Sigmaに入会するたまの条件をクリアしない限りはメンバーになれないそう。「条件って?」私の問いに厳かに答えた。「イニシエーション(入会儀式)よ。何十年も続く社交クラブの伝統なの。入会希望者には厳しい試練が何日もあるの。それを乗り越えた学生だけが晴れて入会できるのよ。」ティナの眼鏡がキラリと光った。「Y、もちろんあんたも参加するでしょ?」「え・・・。」何となく面倒そうだなとは思った。しかし、ティナのいう「せっかく招待状を貰ったのだから」「何十年も続く社交クラブの伝統」「乗り越えた学生だけが晴れて入会」などというフレーズが、私の興味をかき立てる。「行くよね?」「う、うん。」ほとんど押し切られる形で頷いた。


こうして私は翌週月曜日の午後7時、大学の音楽室に向かった。イニシエーションとやらに参加するために。



(続く)