事実は小説よりも。【中学生編②】

その人と私には、わかりやすい共通点がなかった。


運動部と文化部。委員会が同じになることもなかった。だからクラスが離れてしまったら、コンタクトを取る理由を見つけることができなかった。私がその人を見るのは、たまにクラスの違う友人に用事で会いに行ったときや、学年集会で体育館に集まるとき。あるいは放課後の校庭で部活に勤しむ姿を確認するときくらい。「手紙」の一件で、もし私がもう少しちゃんと対処していれば、何かが違ったのだろうか。後悔しなかったと言えば嘘になる。


やがて私たちは3年生になった。

受験生になると、内申点を上げるには何が必要だとか、何組の誰がどこの高校を狙っているとか、あの高校の推薦枠の希望者が多いとか、進路に関わるちょっとした噂をあちこちで聞くことができる。私はとある私立の高校を希望していた。そして、その人はどの高校を目指しているのかを知りたいと思った。中学生の情報網をあなどってはいけない。友人のつてで、「○○くんはT高校を希望している。」ということを知り得た。T高校は進学校であり、スポーツにも力を入れている。私の志望校とは離れていた。そうか。じゃ、それぞれが合格すれば、もう簡単には会うことはできない・・・という事実に気づいて、ドキッとした。寂しいと感じた。けれど、話すことすらできていない今の状態を、抜け出す方法はわからなかった。


変化があったのは、卒業まで1ヶ月を切ったある日のことだ。


放課後、日直の用事を済ませ職員室を出た私は、廊下の角を曲がったところで、ふいに誰かと正面からぶつかったのだ。「わっ!」全然痛くはなかったけど、とっさに相手を見上げて驚いた。なんと、その人だったのだ。向こうも驚いた様子。私たちは真正面から向き合って、一瞬言葉をなくしていた。先に声を出す。「ご、ごめん!」向こうも似たようなことを言った。嬉しかったことがひとつだけあった。その人が笑顔だったこと。


小さな「偶然」に勇気を得た私は、共通の友人を通して、その人に1枚のプロフィール帳を手渡すことに成功した。卒業シーズンにみんなで交換する、各ページが取り外せる、例のノートだ。3年ぶりである。


『書き終わったら、私(Y)へ返してください。』とメモを貼り付けたそのプロフィール帳は、果たして卒業の日に私の手元に返ってきた。その人本人が、手渡してくれたのだ。式が始まる直前に。相変わらず、ちょっとムッとした表情だったけど。「ありがとう。」とだけ伝えた。その人が怒っているのではないことを、私はその時には知っていた。嬉しかった。


卒業式はとても寒かった。

この時もボロボロに泣いた。高校生になればすぐには会えない人がほとんどなのだ。そう思うと涙が止まらなくて、何度も「また、絶対に会おうね!」と仲の良い友人達と約束した。また私は、もう一つ、大切なことを実行しようとしていた。それは、その人に第二ボタンをもらうことだった。・・・のだけれど、叶わなかった。なぜなら、私がともだちと別れを惜しんでいる間に、その人は帰ってしまっていたのである。なんという悲劇だろう。こうして、私の卒業式は終わった。


うちに帰ってから、またもプロフィール帳を開いてみる。その人のページにはこう書かれてあった。


『お互い、いろいろな”想い”があった。だけど、これからは、新しい人生を歩んでいってください。』


ああそうか。これはサヨナラの言葉だ。来月から、高校という新しいステージに入る。だから、過去を振り向かず前に進もうと、あの人は私に伝えているんだ・・・。


頭では納得できた。なのに、胸の奥はキュッと痛んだ。

(高校生編へつづく)