ホールの接客係、ウエイトレスとしての仕事が始まった。
最近は客側が好きなときに自分の席に備え付けのタブレットで注文できるファミレスも多いけれど、当時はエアコンのリモコンを一回り大きくしたような機械を使って、ウエイターやウエイトレスがお客さんの注文を取っていた。私はこの機械に最後まで慣れることが出来なかった。
「S」のメニューはファミレスの中でも豊富で有名だった。和食、洋食、中華、麺類はもちろん、サイドメニュー、ドリンク、それからデザートも種類が多い。その上、セットメニューは、ライスとパン(パンも数種類ある)のみならず、味噌汁とセットに出来たり、スープに出来たり、サラダを付けたり漬け物セットにできたり…果てしない選択があった。だから人気のレストランだったのだろう。
とにかく、接客係は注文されたものを手元の機械に打ち込む。注文データは厨房の機械に送られる。それに沿って調理係が料理を準備する、という流れだった。が、この機械がものすごく扱いにくかった。少なくとも私に取っては。元々機械は苦手な方ではなかったのだけれど、ファミレスのランチタイムは、そりゃもう戦闘の如く忙しい。初日で慣れていないからと注文をモタモタ打ち込んでいるとエラーが出る。エラーだけならまだしも間違った注文を厨房に送ってしまうことがある。急いで訂正に行かないと調理係に迷惑がかかる。が、訂正に行こうと急ぐ傍らお客さんから「水をください」とか「子供がフォーク落としちゃったんで、代わりをお願いします」とか「スープバーのスープ、空っぽなんだけど」とか次々に呼び止められる。他の接客係もそれぞれに注文を取ったり料理を運んだり慌ただしく動いているため、頼れない。どうしよう、先に水を持って行くべき?それともフォーク?スープバーのスープを満たすべき?いや、それよりまずは間違った注文の訂正を調理係に伝えなければ…「はい、ただ今お持ちします」「少々お待ち下さい」「かしこまりました」等々、焦る気持ちを隠しつつ言葉を返して、調理室に向かう。「すみません、先ほどの注文…」と言いかけて愕然とした。調理係があんかけチャーハンを作っている。間違えて送信した注文だ。「ごめんなさい!」私は平謝りで注文の間違いを伝えた。スタッフが騒がしく立ち動いている厨房で、調理係はあからさまに顔をゆがめる。そりゃそうだろう、これほど忙しいのに。私は申し訳なさでいっぱいになった。アルバイトとはいえ仕事は仕事だ。迷惑をかけないようにしないと…。
再び気を取り直してホールに向かう。ええと、お水を持って行って、フォークを届けて、スープを補充して…ブツブツと確認しながら、先送ったことを行う。なんとか、終えた。ホッとした時、「ちょっと!」とひとつのテーブル席から鋭い声がかかる。「うちの注文はいつ取ってくれるの?」怒りを含んだ表情の女性を見て、あっと気づく。さっき厨房に間違いを訂正に言った後、ちゃんとした注文をお聞きしていなかったお客さんだ…。
長いこと待たせるのねぇ、と睨み付ける女性に何度も頭を下げ、エプロンのポケットから機械を取り出す。そして、慌てていたのでまたも注文を取り違えることに…。
私にこの仕事は向いていないのかも知れない、と打ちのめされた初日であった。
(続く)
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