マイ・ファースト・レッスン

今年は秋の初め頃から、未就学児童の授業が新たに始まった。

これまで3歳から80代までの幅広い生徒を指導しているけれど、最近のボリュームゾーンは小中高校生の世代だった。だから、3歳と4歳児の授業を担当するのはちょっと久しぶりのことだったのだ。ゆえに、最初の日は新たに背筋が伸びる、ちょっと張り詰めた気持ち(=緊張)があったのは否めない。


かくしてレッスン初日、未就学児童たちは保護者に手を引かれてやってきた。体に不釣り合いなほどの、テキストや筆記具が入っているであろう、大きなバッグを携えて。

とびきりの笑顔で迎えよう!と入り口で待っていた私。さぁ、ひとりめが来た。にっこりと呼びかける。「Iちゃん、Hello!ようこそ、お入りくださーい。」

Iちゃんはスクールの入り口でぴたりと足を止めた。そして「Kくんが来るまで待ってる。(お部屋に)入らない」。

続いて現れたのはTちゃん。ニコニコ笑顔で手を振ってくれる。こちらが何かを言う前にさっさと靴を脱ぎ、靴箱へ。ワクワクを隠せない表情で「しぇんしぇい!もう、おにかいにいってもいい?」もちろん。私は「あとで迎えに来るね」と伝え、入り口にIちゃん(とお母さん)を残し、Tちゃんを連れて2階の教室へ。

直後に姿を現したのは、Mちゃん。「Yせんせーい、来たよー!」と大きな声でドアを開けた。「いらっしゃい、Mちゃん。待ってたよ!」と声をかける。Mちゃんはあいさつもそこそこに「これ、新しいのー!すみっコぐらしなのー」と早速バッグの中から、新品のペンケースを見せてくれる。その間にTちゃんも「ねぇねぇ、せんせぇー!Tちゃんのも、みてー。Tちゃんのもあたらしいよー」とぴったりとくっついてくる。(可愛い)

再びドアが開いて人影が。それはKくん。そしてKくんの姿を確認して安心したらしいIちゃんも現れた。2人は揃って「ねぇねぇ、これどうするの?」「ねーねー、なんでこれがあるの?」「何に使うの?」「お母さんが持って行きって言ってたよ、なんで?」と、出席表やお便り入れのファイルを手に手に、質問を繰り返す。

私はMちゃんのペンケースに「わぁ、かわいいね」と反応しつつ、Tちゃんのお喋りに「本当だ、素敵だねー」と相槌を打ちつつ、IちゃんとKくんの質問に「これはね、こうするんだよー」と答えながら、出席表にシールを貼ったり、お便りをファイルに入れたり、テキストを揃えたり、した。アイ・アム・ザ・マルチタスカー!!現代の聖徳太子と呼んでほしい。

そこへ、大きな泣き声が聞こえてきた。お母さんに抱えられて登場したのはUくん。手足をバタバタさせながら「いやだぁ!いやだぁ!!行きたくないぃぃ!!」と泣き叫びながらのご登場。小さいからそんなに痛いってことはなさそうだけれど、あちこちに手足が当たって、お母さんは大変そう。

「すみません、授業をとても楽しみにしていたのですが、出かける前に急にこんな風になって‥」暴れる子を何とかその場におらせようとしながら、申し訳なさそうに状況を説明してくださるお母さん。

初めてって何をするかわからないし、緊張しちゃいますよね、全然問題ないですよ!とお答えしながら、「Uくん、大丈夫だよー。先生やみんなと楽しく遊ぼうー!」と声をかける。が、「いやだぁぁぁぁ!!!」と泣き叫ぶUくん。なんとしても離れまいと、母の肩や腰にしがみつくUくんの手を外し、受け取って抱っこする私。うわぁぁぁあぁぁぁ!!断末魔の声。(ごめん)


‥うん、実に初日らしい。久しぶりの感覚だ!!

もっと昔なら私は、こういった生徒達の反応に「がーん、嫌がられてる‥」とか「げげ、泣くほど拒まれてるなんて。ど、どうしようこの1時間‥」とか、「うわぁぁ、みんなが一斉に話をしてくるから答えられない!困るぅぅ!」とか。ショックを受けたり、パニックになったり、何なら自分まで半泣きになっていただろうなと想像する。いや、実際そうだった。


でも、今はそんなことは平気。
自分より、目の前の勇気を出してくれた生徒たちへの思いが強いからだ。

考えてみれば、まだ3年か4年しか生きていない、子供たちにすれば、知らない環境に1人で飛び込むなんてこと、本当に本当に大冒険なのだ。むしろよくぞスクールまで来てくれた、とまずは賞賛したい。そして、よくぞ扉を開けて、中に入る勇気を持ってくれた、と褒めちぎりたい。

みんなは、親御さんたちの心尽くしのご準備‥ 可愛らしかったり、かっこよかったりする筆記用具(きっとお子さんが大好きで、それを使えば学習をやる気になるといいなとの願いを込めて選ばれたんだろうなと思えるキャラクターものの)を手に、期待とたくさんの不安を抱えて、この場に来てくれたのだ。

リスペクトせずにいられようか、この年若い生徒たちを。


私に抱き抱えられた状態でまだ泣いているUくんを見た他の生徒たちは、それまで盛り上がっていたはずなのに急に静まり、不安な顔になってしまった。そりゃそうだ。誰かが泣いていると、自分も心配になってしまうよね。

私は腰を落として、生徒たちみんなと同じ目線の高さになった。それぞれの目を見ながら話しかける。

「ね、みんな。Uくんって、すごいと思わない?初めての場所に、初めてお勉強にくるのに、こんなに勇気を出して来てくれたんだよ。みんなもそうだよね。Y先生は、みんながとっても偉いと思う。お母さんたちから離れて、1人でここにいるんだもん。」

不安になりかけていたみんなの顔に、ほんのりと明るさが射した。でも私には、まだ伝えたいことがある。言おう、いつものように。

「ね、みんな。今日、今、先生が1番嬉しいと思っていること、何かわかる?」と、問いかけた。

「みんなで、えいごをべんきょうすること?」比較的リーダー格のMちゃんが答える。「それも嬉しいよ」と私は言った。「でも、もっと嬉しいことがあるよ。なんだろね?」Iちゃんが「せんせいとたのしくおべんきょうすること!」と言った。「うん、それも最高!」と私は答えた。
「でも、もっともーっと嬉しいこと‥」


それはね、と私は言った。
みんなに会えたことだよ。
今日、みんなに会うことを本当に楽しみにしていたんだ。
先生は、みんなが大好きで、とっても大切に感じてるの。だから、英語の教室に入って来てくれただけで、すっごーく嬉しかったんだよ。


不安そうだった子は恥ずかしそうな笑顔に、泣いていた子はちょっと神妙な顔に、心配そうだった子はふわりと嬉しい顔になった。


あなたがかけがえのない存在であること。
それは、私が指導者として、まずは生徒に伝えたいと願っていることだ。私が教える原点だと言っても過言ではないだろう。

自分が大切な存在であると知らされた人は、自分を大切にできるようになる。自分を大切にできる人は、自分の周りにいる人を大切にできるようになる。私の指導者としての人生で、経験から確信を持っている、真理のひとつだ。


これからきっと、長い間この小さき生徒たちと学びを続けるようになるだろう。そして、私のファーストレッスンは、いつもここから始まる。それは、目の前の生徒に真実をこめて伝えること。

「あなたはかけがえのない、とても大切な人です。」


彼らの成長が、今から楽しみでならない。